|
日本シリーズも西武の優勝で終わりました。 今後は、日米野球があるものの公式戦は来年春迄ありませんね。寂しい限りです。 そこで昔の日本シリーズの話を少々。 今を去ること43年前(皆様方お生まれになっておられましたか)の昭和36年のお話。
この年の対戦は、巨人−南海(懐かしいですね) 後世まで有名になったのは後楽園での第4戦。 波乱に満ちた試合も3−2で南海1点リードの内、 ついに9回裏巨人最後の攻撃。 南海はスタンカ−野村のバッテリー。 巨人のバッター宮本。球審円城寺。 塁上に二人のランナーがいるものの2アウトでカウントは2−1。
そしていよいよ問題の場面。スタンカの投げた第4球は外角低めの超微妙なコース。三振試合終了と喜びかけた南海バッテリ−。ところが判定は無常にもボール。烈火のごとく怒り円城寺球審に詰め寄る南海バッテリー。しかし判定は覆らず(当然ですが)冷静さを失ったスタンカは次の球をライト線に運ばれ二者生還し巨人のサヨナラ勝ち。
この時ピッチャーマウンドからホームベースのカバーにかけおりてきたスタンカと円城寺球審が激しく衝突。円城寺球審は仰向けにぶっ飛ばされその間にランナーが生還したのでホームインの確認が出来なかったのではという説やら、スタンカはわざと球審に体当たりしたのではという説が飛び交っていました。
そして誰が言ったか 「秋の空 あれがボールか 円城寺」という句も有名になりました。 尚、この年の審判団は (セ)円城寺 筒井 津田 滝野 (パ)二出川 浜崎 上田 田川 の各氏でした。
長くなりましたがご容赦下さい。
|
|